オホーツク暮らしびと その5追い求めたのは、農業の可能性。私は今でも「酪農家」。

大黒 宏さん

ノースブレインファーム株式会社 代表取締役

大黒 宏さん

流氷が消え、紋別の海が春を迎えました。網走地方の北部に位置する興部(おこっぺ)町は、人口約4500人で乳牛は約1万2000頭というオホーツク沿岸部を代表する酪農地域。
そして「おこっぺ牛乳」は町の顔となっています。20年前、この地で生きる若い酪農家が、生産した乳を自ら加工、製品化し、直接市場へ販売する、という事業に挑みました。
当時の北海道ではまだ前例のない模索の事業。
「農業でどんなことができるのか。その可能性を試してみたかった」。その思いに突き動かされ、新しい農業を切り開いた人が、大黒宏さん(51歳)です。

まず地元消費者に向き合うことからスタート。

「3年かけて乳処理業の認可を取得した当初は、『大黒はいったい、何をしようとしているんだ?』と異端児のように見られていたと思います」。そう言って笑う大黒さん。当時は飼育頭数を増やして乳量拡大を目指す酪農家が一般的で、搾った生乳はすべてJAに託すことが当たり前でした。ところが大黒さんはミルクプラントを作ったのですから…。少年時代、地元で搾った牛乳を地元で飲めないことに疑問を感じたことや、酪農学園大学卒業後すぐにニュージーランドの牧畜業を視察した経験も切っ掛けとなりました。「いくら経営規模を拡大しようと、国際市場では私たちの酪農業が乳価の安いニュージーランドやオーストラリアに勝てるわけがない。では、この小さなまちが千年先まで牛とともに暮らしていくにはどうしたらよいのか? そう考えて、身近な消費者に直接向き合うことから始めました」。

100ヘクタールもの牧草地があり、放牧される牛たちはみな健康。だから安全でおいしいミルクが生まれます。このほかミルクプラントや牛舎、チーズ工房、肉製品工場、生キャラメル工場などが建ち並んでいます。

製品は乳製品からスイーツ肉加工品まで幅広く。

 1988年にまず低温殺菌・ノンホモ(※)の〈オホーツクおこっぺ牛乳〉を製造し、地元での宅配を開始。その後は、興部町内の学校給食事業も実現させます。興部町の人が興部産の牛乳で暮らせる。それは大黒さんの大きな喜でした。製造製品も、ヨーグルトやナチュラルチーズ、醗酵バター、ソフトクリームミックスと次々に増えてゆき、さらにはプリンなどのスイーツや牛・豚肉の加工食品まで広がりました。ここ興部町の本社・製造工場、本店レストラン・ミルクホールの他、直営ショップレストランが全国に4箇所有ります。それでも、搾乳頭数は一軒の酪農家だった時代と同じ52頭。道東では決して大規模と言えない飼育頭数で、約80名のスタッフを擁する一事業が展開されているのです。

大黒さんの夢が種を落とし
やがてまちに芽吹きが。

 大黒さんの追い求めた「農業の可能性」が、「ノースプレインファーム」の躍進という形で見えてくると、同じ興部町の酪農家や「ノースプレインファーム」で働いていたスタッフが独立し、自分のナチュラルチーズ工房をおこし始めました。さらにアイス・ソフトクリーム事業や牛脂を利用した石けん製造事業も始まってきています。「これは何よりもうれしいこと。このまちに新しい農のかたちが育つことが、私の夢ですから」と、そう話す大黒さんの立場はまぎれもない会社社長。それでも、「私は今でも一人の酪農家」ときっぱり言います。今も朝5時から牛舎に入り搾乳をするのは、自分の原点を忘れたくないからなのです。

<オホーツクおこっぺ牛乳>900ml、200ml<低脂肪のむヨーグルト>500ml、<醗酵バター>100g 、<ゴーダチーズ>約120g <生キャラメル>は一昨年から発売されるヒット商品。口の中に入れた瞬間とろけます。全3種。

「本店レストラン・ミルクホール」には、ミルクを使ったカフェメニューや食事メニューが多彩に揃っています。
定番のレッドミートハンバーグが大人気。
紋別郡興部町北興 TEL:0158・88・2000
営業時間:10時~18時
休:火曜(夏季・祝日は営業)

(※)低温殺菌とは生乳の栄養分や風味などを保つ長時間の殺菌方法。これに対し高温殺菌は短時間で済むが栄養が損なわれる。ノンホモとは生乳の脂肪を圧搾・粉砕しない状態の牛乳。